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現地観戦コラム

2021年ウィンブルドンとロンドン市街の様子を
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Vol. 5

【テニスライター 内田暁 現地コラム】ウィンブルドンの世紀を超える歴史と格式を振り返る

 “The Championships Wimbledon”の大会会場に建つ、選手レストランやクラブメンバーラウンジの入る建物には、「ミレニアム・ビルディング」の名が冠されている。

 深い緑色の壁面に飾られるプレートに刻まれるのは、次のような文言だ。

「ザ・ミレニアム・ビルディングは、HRHザ・デューク・オブ・ケント、オールイングランド・ローンテニス・アンド・クローケ・クラブの会長によって、2000年6月20日火曜日にオープンした」

   ↑「ミレニアム・ビルディング」壁面に飾られたプレート

 オールイングランド・ローンテニス・アンド・クローケ・クラブ(AELTC)は、一般的には“ウィンブルドン”の名で知られる世界最古の大会の、開催会場にして運営者。152年の歴史を誇るそのクラブの現会長が、英国女王エリザベス2世の従弟にあたる、ケント公だ。

 歴史的には比較的浅いものの、今や大会会場の中核をなす建造物に輝くプレートが、この大会の世紀を超える歴史と、王家とも密着した格式をゆかしく物語る。

   ↑「ミレニアム・ビルディング」から取材の合間に顔をのぞかせるロジャー・フェデラー選手

   ↑「ミレニアム・ビルディング」には階段やテラスがあり、きれいに彩られている

 The Championships Wimbledonの第1回大会が開催されたのは、1877年。参加者はクラブ会員の男子22選手で、決勝戦には200人の観客が集まったという。これが144年後の今に連綿と続く、世界で最も格調高い大会の始まりだ。

   ↑「ウィンブルドン・ミュージアム」に展示されている芝刈り機。これで第1回大会開催時に芝を整備していたのだろうか??

 かくも、The Championships Wimbledonと言えば伝統を重んじることで知られるが、同大会の歴史とは、革新の連続でもある。

 1888年に、男女がペアを組む“ミックスダブルス”が公式競技に加わったのは、その最たるもの。近代オリンピックに女性参加が認められたのは第2回大会の1900年なのだから、いかにウィンブルドンが先進的だったか伺える。

   ↑「ウィンブルドン・ミュージアム」に展示されている展示物から歴史の深さを感じられる

   ↑「ウィンブルドン・ミュージアム」外観

 20世紀に入ると、同大会はさらに変革の時を迎えた。

 1905年に、アメリカ人のメイ・サットンが女子シングルスを制し、男女通じ初の“海外選手チャンピオン”となる。さらに2年後の1907年には、オーストラリアのノーマン・ブルックスが男子初の海外選手優勝者に。そして以降、イギリス人男子選手で同大会を制したのは僅かに3名、女子でも5名を数えるのみである。ともすると閉鎖的なイメージもあるThe Championships Wimbledonだが、その国際化は早かった。

   ↑ミュージアム内にはトロフィーの展示が。いまではすっかり国際色豊かとなった歴代王者の写真が貼られている

 ファシリティの面でも、ウィンブルドンは改善に積極的だ。センターコートに開閉式の屋根が設置されたのは、2009年。グランドスラムでは、全豪オープンに次ぐ2番目の試みで、全米オープン(2016年)や全仏オープン(2020年)の先駆けとなっている。

   ↑屋根が設置されたセンターコート

 このように、実は多くの変革を経ている同大会に、厳格さと伝統のイメージが色濃いのは、選手に課されたドレスコードが最大の理由だろうか。試合コートに立つ選手に、「白を基調としたウェアにシューズ」しか着用が認められていないのは、広く知られる規律だろう。

 同大会のルールブックによれば、ドレスコードは以下のように定められている。

 「選手はテニスに相応しいドレスの着用を求められ、それはすなわち、ほぼ全身白である」

 さらには、「黄色がかった白や、クリーム色は認められない」「襟や袖口などには色のついた縁取りが許されるが、幅は1センチ以内であること」とも明記されている。また、シューズに関しても「側面からソールに到るまで、完全な白であること。大きなロゴが付いていることも好ましくない」というのがルール。この決まりに抵触してしまったのが、2013年のロジャー・フェデラー。裏面がオレンジ色のシューズでコートに立ったが、芝の帝王といえど例外は許されず。大会から忠告を受け、次の試合からは白のものに履き替えたのだった。

 あまりに厳格なこの白ルールに反発し、大会をボイコットまでした選手もいる。

 それが、奇抜なファッションでコートに立ち、テニス界の異端児、もしくは革命児と呼ばれたアンドレ・アガシ。そんな彼がウィンブルドンに出場した最大のモチベーションは、「男女の優勝者はパーティでダンスする」という伝統にあったというのだから、面白い。彼のお目当ては、当時の絶対的な芝の女王にして、一目ぼれのお相手のステフィ・グラフ。その未来の奥方と踊ることを一途に求め、グラフが一足先に優勝を決めた1992年に、アガシは頂点まで上り詰めたのだった。

   ↑テニス界の大御所カップル、アンドレ・アガシ&シュテフィ・グラフ夫妻

 もっともこのエピソードには、オチがある。 

 なぜかこの年に限って、各競技の優勝者が集う“チャンピオンズパーティ”でのダンスは、行われなかったというのだ。

 「ウィンブルドンの伝統とやらは、いったいどこに行ったんだ!」

 思わずそう毒づいたと、アガシは後に自伝で打ち明けていた。

 伝統や規律は時に息苦しいが、故に、思いも掛けぬドラマの演出者ともなる。

 「ミレニアム=千年」の名を冠する建物のバルコニーで、今年、優勝の証を掲げファンの歓声に応じるのは誰か?

 ドラマはいよいよ、佳境を迎える。

内田暁

内田暁

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

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