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現地観戦コラム

2021年ウィンブルドンとロンドン市街の様子を
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Vol. 8

【テニスライター 内田暁 現地コラム】2年ぶりのウィンブルドン2021 感動のフィナーレまでを振り返る

 緑の芝に、いつくしむように手を当てる彼の背に、土の痕がくっきりと残っていた。

 勝利の瞬間、ベースライン上に横たわるその姿は、約1か月前の全仏オープンで頂点に立った時の冷静な姿とは、大きく趣きを異にする。

 それは、今回のウィンブルドン優勝が、ノバク・ジョコビッチにとって、いかに特別な意味を持つかを物語っていた。

 「7歳の頃、部屋にある素材でトロフィーを作り、窓から空に突き出した」というほどに夢見た聖地での、6度目の戴冠。

 ロジャー・フェデラーとラファエル・ナダルに肩を並べる、通算20度目のグランドスラム優勝。

 全豪から始まる四大大会すべてを1年で制する、真の意味での“グランドスラム”達成への王手。

 そして、15,000人の満員の観客で埋まったセンターコート。

 ジョコビッチの純白のウェアの背についた土は、芝をすり減らす2週間の激闘と、そのコートに大の字に倒れるほどの感情の発露の証だった。

 思えば今大会のセンターコートでは、多くの選手たちが、かつてないほどに感情を露わにしてきたように思う。

 準決勝でジョコビッチに敗れたデニス・シャポバロフは、ラケットバッグを下ろして両手でファンの声援に応じ、目元をぬぐいながらコートを後にした。

 ジョコビッチから、「多くの局面で僕よりも良いプレーをしていた」と称賛されるほどに持つ全てをコートで放った22歳は、「自分のプレーを誇りに思う」と後に語った。

 決勝でジョコビッチと戦ったマッテオ・ベレッティーニは、決勝進出を決めた時、万雷の拍手を浴びながら「こんな場面を夢見たことがない。僕には、あまりに大きすぎる夢だったから」と声を震わせた。

 結果的に準優勝者となったセレモニーで、ベレッティーニは、「これは終わりではなく、始まり。栄冠を手にする日まで、戦い続ける」とファンに誓う。見るには大きすぎた夢は、この日、叶えるべき目標となった。

 女子の決勝戦でも、勝者と敗者それぞれが、各々の素直な表情と心の内をさらけ出す。

 優勝の瞬間、その場でしゃがみ込み両手に顔をうずめるアシュリー・バーティの姿は、彼女がこの瞬間に掛けた夢と覚悟の表出だった。

 50年前に、この地で銀のプレートを掲げたイボンヌ・グーラゴングは、バーティにとって「師」であり、オーストラリア先住民というルーツを共有する同志でもある。今大会、バーティはその偉大な先達が50年前に着ていたワンピースを模したウェアをまとい、彼女の功績に敬意を表した。

 自ら発案したリバイバルウェアは、「勝つには良い人すぎる」と言われた天才肌のオージーに、覚悟とモチベーションを与えただろう。半世紀の時を経て、ウェアを介し受け継がれた意思が、聖地のセンターコートで結実した。

 そのバーティに敗れたカロリーナ・プリスコバは、年齢的にはベテランの域に入りつつある29歳。浮き沈みも経て、5年ぶりにグランドスラム決勝の舞台に戻ってきた“クール・ビューティ”は、スピーチの途中でこみ上げる感情に言葉を遮られ、「ごめん」と言うと目元を抑えた。

 「人前では泣かないって決めているのにね」と後に照れながら明かす彼女に、涙を流させたもの。

それは、テニス観戦を全力で楽しみ、ファンに敬意と愛情のこもった声援を送り続けた、ファンの存在に他ならないだろう。

 100パーセントの観客動員に関しては、イギリス国内や選手の間からも、「まだ早すぎるのでは」と懸念の声があがったのも確かだ。

 ただ、“リサーチ・プログラム”の位置づけのもと、ワクチン接種をはじめとする種々の対策の上に一歩を踏み出したウィンブルドンには、「伝統とは革新の連続である」の精神が宿る。

 結果的には、男女ともに世界1位の優勝という、順当なフィナーレを迎えた今回のウィンブルドン。

 だがその内訳を子細に見れば、男子ではシャポバロフやフベルト・フルカチュが初のグランドスラムベスト4に勝ち進むなど、若い力の台頭が見られる。

 女子では、チュニジアのオンス・ジャバーがアラブ系女性初のベスト8進出者となり、新たな扉を後進へと開いた。

 歴史を踏襲しつつ、次なる未来への先鞭をつける——。

 “ザ・チャンピオンシップス”の理念に相応しい、2年ぶりのウィンブルドンだった。

内田暁

内田暁

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

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